統合と分離(第2弾)

こんにちは

第1弾について直接補足しておきます、分離は悪い事ばかりではありません。

自分を分離するにあたるものが現れてから、統合するまで時間がかかりますが、それも一種の成長であり、分離がなければ統合もできません。

そして分離自体にも良い効果はあります。

これはセオリーを本格的に説明する前に行っておくべきだと思います。

 

では改めまして、統合分離の第2弾です。

第2弾のテーマは「」特になしです、フリーで書きます。

第1弾のテーマだった「共感指摘」は、人の仲の良さについて統合分離を適用されただけであって、第2弾のテーマとは何の関係もありません。

 

今日は私のツイート文を一部改変して載せ、

伝え方の考慮については手抜きします。多分分かりにくいです。

ちなみに色んな言葉を混同させてにまとめ分けするのは、イメージを活用させるためです。正直、この言葉を使えるのは便利なのです。

 

では、さっそく。

テーマは「オタク」から。

 

オタクに早口な人がいるのはアニメでみる芝居のような会話を思考停止で行うから、とのことですが 頭良くて早口になっている人なども、脳内にシンプルな思考回路が出来上がっている(※1)とすると辻褄が合います

私は会話かなり遅いですはい

※1 作るのは統合、使うのは分離

 

まとめて簡単にしていくのは統合

それを使用して複製していくのは分離です。

では次。ここで、

 

場合分けロジックは、「A → アorイ」とします。

A、が分岐点

ア、がオタクで

イ、がパリピです。

さて、オタクになるかならないかの分岐点(A、の分離が過去にあったとして

オタク学校に通うとオタクに(ア、への統合(イ、からの完全分離

パリピ学校に通うとパリピ(ア、からの完全分離(イ、への統合

なるとします。 

分かるかと思いますが、そのまんまですね。

脳内に別個体の情報が、増えると分離、減ると統合なので

物の見方や、何を基準とするかによって、分離統合かは変わってきます。

 

ちなみに、完全分離とかいう言葉を定義しましたが、

具体的には、

別要素が0%に近い場合は統合

100%に近い場合は完全分離

どちらも存在する場合は分離です。

 

いままで私もなんとなく使ってましたが(←おい)、恐らくこうですね。

今までの使い方とも矛盾してないですし、ロジックのほうも全パターン制覇したかと!

行き当たりばったりですみません。

色分けも変になりましたごめんなさい。

 

では続き行きます。

以下の引用文のみ、パリピ視点として色分けしてみます。

オタク可能性人間が、パリピ学校に通うと、オタクを禁止されます。 なのでパリピ人間として生きていけるようになります。

逆にオタク可能性人間が、オタク学校に通うと、オタクを解放されて完全なオタク人間になり戻れなくなります。

はい、とても分かりやすくなりました。

これが統合分離完全分離の効果です。

こういう風にすると、もし複雑な文であっても、色分けして書くことができるので便利なのです。なのでこういうことをやっています。

 

では次、可能性は一方通行だということについて。

つまり、 「したいもの」が自分の実現範囲に

1つでも存在すると、解放され 元には戻れなくなる。

禁止され続けると、解放されないし その状態に自然と耐性がつく。

分かるかと思いますが、完全分離への才能がある時、

統合少しでも分離完全分離

の順に、時間を経て一方通行に進んでいると思います。

 

そしてその完全分離の状態を、今度はそこ基準に視点を変えると、

また統合へと変わります。そして将来的に分離し、才能がまた生まれればまた完全分離します。その繰り返しなのです。(ここでの才能とは潜在的に開花しうる可能性のこと)

 

ちなみに図式化すると以下。

 

 統合 → 分離 →完全分離

  ↑         ↓

完全分離← 分離 ← 統合

 

上段と下段は、表裏のような関係になっています。

そして左辺と右辺は対立していますね。

例えば「左辺がオタク、右辺がパリピ」などです。

また、以下のパターンもあり得ます。

 

統合分離統合分離 →…

 

完全分離はさせず、全部自分の物にして拡大解釈してゆく手法です。

つまり、広義には、

分離→(統合or完全分離)のどちらに行くのかわかりません

あくまでも、完全分離への才能がある時のみ、一方通行なのです(今気づいた)。

 【追記】

最終目的は、全てを拡大解釈して統合することです。それは片方への統合ではなくて、両方全てへの統合となります。

そのために、統合分離をしたり、あるいは自分に合った方法から始めるために、完全分離したりします。

生きているうちにその全てへの統合は完遂できなくとも、その方向へと人は進みます。恐らく。

 

ではオタクとパリピについて続き。

そしてお互いの立場が相反するものとなる。

これは一種の伝統や文化のようなものだし、 革新や変化(※2)には一方通行が存在する事がわかる

※2 変化しきれば完全分離、変化途中なら分離

ですよね。

 

どんどん行きます

その人にとっての一方通行が存在するだけであって、一般的な範囲で一方通行が存在するとは限らない。 つまり人によって方向性が違う可能性があるということ、も視野に入れておきたい。

可能性には時期適切性と一方通行性があり、可能未来と不可能未来は分離している、って考えたらわかりやすい

人によって、または場合によって、完全分離の方向へ力が働いているのか、統合の方向へ力が働いているのか違います。

それについては次。

なぜ人によって可能性の方向が違うのかについては 元々持っている能力で説明できる 空を飛べる人が、 空飛ぶ仕事に就くか 地を歩く仕事に就くかの違い。 空を「飛べる」ということ自体に、可能が含まれているので、一方通行性を孕む。

らしいです。(自分で書いたのによくわからない)

可能である、「空を飛べる」ということ自体が、地を歩くことにとって分離の方向性を持つのでしょうね。

地を歩く視点で色分けしてみると一目瞭然かもしれません。

可能は元の状態に対して分離と考えるべきなのでしょうか。

恐らくそうです。このセオリーにしてはあってると思います。(自信のなさ)

 

では以降、少し話題の方向が変わるので、ついでに、というかおまけ。

逆の視点から分析してみる。 オタクが早口なのは 多種多様なシーンを見て、それに対応する語彙力がついたから。 自分視点で体験する世界だけではなく、理想的な会話の世界や、他人視点で物事を見る機会が得られるため、 彼らは理想的な会話をする力を得た。 一般人はそれについて行けてない

ただし会話の見本を勉強するばかりで、実際に会話して何が返ってくるかわからない、といった実戦での経験は為されていない。 将棋でいう、定跡は覚えたけど相手が定跡から外してくると、対応力がないのが裏目にでる、といった状況だ。 理想的な会話以外の対応力も必要なのだ。

パリピからみての完全分離視点で書き、そしてそこから分離の視点になっていますね。

例えばよく意識される、パリピからみての統合視点で書きそこから分離するのとは対照的です。逆の立場になって考えています。

この辺の、それぞれの場合分けを残らず考える行為についてや、それぞれ自体の効果については、後日考えて載せるので、次回以降にご期待を。

適当ですみません。

 

拙い文章ですが、

ご一読ありがとうございました。